牧水の恋 2/2

 続きになります。

 不倫をしていた小枝子、不倫だとも知らない若山先生。小枝子が何かを隠していることは先生も何となく分かっていたようで、歌や手紙に端々が見えます。

 歌もそうですが、友人に宛てた手紙の内容もなかなか人柄が出ていて面白いです。小枝子と年越しの旅行に行った際に出された手紙では、人生が楽しくて仕方がない!と溢れんばかりに伝わってくる文章をつづっておられました。むしゃくしゃして手紙を書いていても、「少し散歩に出ていた」と記して頭を冷やす様子も見て取れました。私はこの手紙の部分で見える先生の人間らしさこそ見てほしいと思います。

 恋文も載っているのですが、またこれが情熱的で、言葉回しだけで胸を熱くする、さすがは文豪といった内容です。「君のためならなんだってするよ」ということが、言葉巧みにつらつらと気持ちよく書かれている。一言一句から生命力を感じる若山先生の文章がとても好きです。

 

 小さい頃から親しんできた存在とはいえ、大人になって改めて触れてみると感じ方の違う部分がたくさんありました。

 

白鳥は哀しからずや空の青海のあをにもそまずただよふ

 

 有名なこの歌は、牧水かるたの第一首目に設定されており、私も通った地元の小学校で一番始めに習う若山先生の歌です。本書を読む前から、この歌の言いようのない寂しさを完璧に表した言い回しが好きでしたが、当時の恋の背景を知るとまた更に深みが増します。

 先生と小枝子は何年も共に寝起きしたり旅行に行ったりしていますが、お互いがお互いに寂寥感をもっており、ただただもどかしいまま寄り添っています。また、先生はたびたび海に対して敵対心を見せ、「たとえわだつみ(海の神)に差し出せと言われても小枝子は渡したくない」などと詠いました。そういう想像力も豊富な方だったのだとも思います。

 

山奥にひとり獣の死ぬるよりさびしからずや恋終りゆく

 

 私の一番好きな先生の歌です。さびしさを表現するための想像力が天才的で、読むたびに胸が詰まります。自然の中で育った経験からこんな「山奥にひとり死ぬる獣」などという言葉が出てくるのかと思うと拍手が止まりません。そんな表現力もあいまって、本書『牧水の恋』では若山先生の感情の起伏を如実に感じられてかなり面白いです。

 合間に俵先生自身の作品もたくさん紹介されており、俵先生も若山先生に強く影響されていたと分析されているなど、なかなか興味深かったです。

 

 小枝子との恋に破れた後、本妻を持った後の若山先生とその晩年にも触れられています。恋愛以外のエピソードも豊富です。短歌がかなりたくさん引用されているため、お気に入りの歌が見つかるかもしれません。付箋があれば、気に入ったページに挟んでおくことをおすすめします。